soliloquist... a man who has funnymouth... [via gwt for mobile devices]

20080303

「さぬき大使館」の「さぬき」抜き...

 東区(忠孝復興駅~忠孝敦化駅付近)に時々食べに行く讃岐うどん屋『土三寒六(どさんかんろく)がある。とりたておいしいと感動するわけではないが、台湾の料理に飽きた頃行くと何とも内臓がリラックスする感じなのだ。この店は、

香川県は十八日、香川のイメージアップに協力してもらう「さぬき大使館」として、台湾の讃岐うどん店「土三寒六(どさんかんろく)」を新たに認定
されているのだ。

 で、この店がとんでもない目に遭っている....
http://mainichi.jp/seibu/shakai/news/20080302ddp041040013000c.html

商標登録:「さぬき」うどん使えない 日本の地名、台湾企業が先に申請

 ◇「佐賀」「青森」も 「企業進出や輸出に影響」

 台湾の台北市に進出した日本の讃岐うどん店が、「さぬき」を商標登録している現地企業から抗議を受け「さぬきうどん」を名乗れなくなった。「佐賀」や「青森」も中国や台湾で登録申請されたことが分かっており、日本の自治体や、地名に絡んだブランドを持つ企業は、中国や台湾で「地名」の商標登録に対して防衛を迫られるケースが出てきそうだ。【柳原美砂子】

 看板の変更を余儀なくされたのは、佐賀県出身の樺島泰貴さん(35)が、高松市発祥のうどんチェーンから独立して06年6月に開業した「土三寒六(どさんかんろく)さぬきうどん」。香川県から県の観光PRに協力する「さぬき大使館」にも認定され、店内に民芸品や観光ポスターを飾って「讃岐」を宣伝してきた。

 ところが昨年11月、台湾の冷凍うどんメーカーから「『さぬき』の看板を変えなければ、刑事告訴する」と抗議を受けた。

....
この小気(xiao3qi4 - とんでもないケチ)な冷凍うどんメーカーとは....、調べるのを忘れた。しかし馬鹿だと思う。どうせ「さぬき」うどんをそのまま製造しても、一般的なうどんとしてはそれほど売れはしないのだ。台湾人は柔らかいのが好きだから。だから「さぬきうどん」からかけ離れていくしかないのだ。「さぬき=日本のグルメ」のイメージだけ借りてりゃいいのに。こともあろうに細々とやっている~だからこそ「さぬきうどん」を守れる~店に恫喝かけるとは。

 今度ばかりは民族主義者になるのだ。一人でこのふざけたメーカーに抵抗するのだ。今日決めた。

20080301

せっかくの休み...

 今週は2月28日が祝日だったので、今日は家にいてもやることがない。かと言って1月のニューヨーク行き、2月の旧暦の正月休みと収入のダメージが大きいので今月一杯は緊縮財政が続く。

 で、繁華街へ行っても面白くないので台北近辺の田舎へ行こうと思い立ち考えた結果、天灯(ランタン)フェスティバルで有名な平溪へ行こうと決めた。観光客用のガイドだと台北駅から電車のルートだが、滞在歴も長い私は、家の近くからバスに乗り木柵線の萬芳醫院站へ、木柵站で降りてローカルバスに乗り換え、だいたい40分ほど揺られて平溪線の終点である菁桐
(Jing1Tong2)站へ。フェスティバルでさんざん人が来た後だからと思っていたのだが、人であふれていた。『老街(古い町) - 小吃(軽食)』みたいなムックを持っている人が多かったな。

 本当はその後1時間に一本しかない電車に構わず、2カ所ほど途中下車しようと思っていたのだが、人の多さに諦めた。改札で自強號指定席込みの台北行きの切符を買い、周辺をブラブラ。

 電車に乗り込み、あまりきれいでない~正しくはきれいな風景になりそうなロケーションなのだが生活のせせかましさがすべてを壊している~
風景を見ながら、乗換駅の瑞芳站へ。途中で友人から電話があり、夕食の約束~土曜日の休みに人に会うのは現在2ヶ月に一度くらいしかない~をする。

 5時過ぎに台北駅に着き、時間があるので連結している地下街へ。ここは普段とても寂れているのだが、微風広場が台北駅の2階にできるまであった外勞(外国人労働者)向けの店が全部こちらに移転させられたので、週末に来たかったのだ。地下街の一番はずれにそうした店が固まっていたが、土曜日だからか人の姿はあまり見られなかった。集まるのはどうやらインドネシア人らしい。これは中壢と同じ(工場労働者)。

 まだ時間があるので、市政府站近くにある誠品書店の日文コーナーへ。この本屋は思う存分立ち(座
り)読みができるのでたまに来る。ここに来る度いつも思うのだが、この店は絶対に黒字にならないと思うのだ。もちろん客としては最高だが、本屋のスペースがどんどん減っていることが気になる。ここで、ちょっとした小説を1時間半で読了(満足)し、捷運で忠孝復興站へ。

 SOGOの地下の食品街を冷やかした後、友人と店に移動したのだが中文クラスの同級生だったオーナーは不在。食事を済ませたが、どうやら確実に味が落ちているようで、少し心配。来週も来るつもりだったが、少し考え直さないといけないかもしれん。

 その後場所を移して10時半まで雑談。やはりこういう週末はいいな。


 左は今日とても考えさせられた文章。できたらどんなにいいだろう。


20080228

2月28日

 本日2月28日は台湾では「228和平紀念日(平和記念日)」で祝日となっています。228とは1947年2月28日に発生した全島的な民衆蜂起であり、その後約40年に渡る戒厳令下での弾圧につながりました。

 今年は総統選挙ということもあり、見事に政治闘争に利用されている感じがしました。

 YouTubeにアップロードされているのは2006年に放送された公視と二二八事件紀念基金會の共同制作による『傷痕二二八』です。繁体中文ですが、字幕付なので画面を観ていれば理解できるのではないかと思います。




 横地剛著『南天の虹』でも書かれている黄栄燦さんが最初に登場しています。手元には中国語に翻訳された本しかないのですが、これから読み直そうと思います。

 こうして考えるとこの民進党政権の八年というのはまさしく「ポスト228」だったのかも知れまない。すっかりガス抜きされうんざりし、台湾の人々が次に選択するのは何?

※左の写真は六張犁(Liu4Zhang1li2)で見つけた(雑草に埋もれていた)
黄栄燦さんの墓。この時のことはずいぶん前に書いたのだけれど、サーバが閉鎖されてしまい今は見ることができない。ファイルは残っているので復活させるか...。

20080227

当たらない...

 台湾では今年から"威力彩(wei1li4cai3)"という新しいロトくじが始まった(週2回)。1~38までの数字から任意で6つ選び、更に1~8までの数字から一つ選ぶ。

 このロト(
楽透-le4tou4)くじのすごさは"2億5千万元(約8億6千5百万円)"保証ということ。で民衆の熱狂的な興奮で始まったのだが、いかんせん当選率が低すぎ、今まで10回抽選されたが当選者なし。旧暦の新年のお祝いに増額された分を含めて、現在の当選金額は8億2千万元(約28億3千万円)まで膨れ上がっている。

 一方それまで最高金額を誇っていた"大楽透(da4le4tou4)"、こちらも一億元(3億4千万円)保証だが、購入者が威力彩に流れてしまい、こちらも当選者が出ない。で、現在の当選金額は1億8千万元(6億2千万円)。

 外国人も買えるはずなので、訪台の際はどうぞ(ちなみに高額当選の場合は20%の税金がかかる)。

 週2回も抽選があるのに、毎回何万元と突っ込む人もいて、これだけ繰り越しが続くとロト破産する輩が続出していると思う。借金して買っている人もいるくらいだから。まさに狂想曲。

20080224

未だ見ぬあなた...

 淡水の仕事場で、是非とも一度会ってみたい彼/彼女がいた。Aさんとしておこう。

 
Aさんは愛称で呼ばれている。毎日頻繁に電話をかけてくる。それも違う担当者に何度も何度も。Aさんの協力してるプロジェクトはいったい幾つあるのだろう、などと考えることもしばしば。本当にすごい人だと思っていた。

 先週、遂にAさんの正体がわかった。スタッフの一人が取り次ぐ際に最初の音を"er4"と発音したことにはっきりと気付いたのだ。中文聴力最低の私はこのことに気付くのが遅すぎた。電話機を見て全てを理解した。

 そうなのだ、「阿(a1-愛称で使う)xian4」"さん"とずっと思っていたのは「二(er4)線(xian4)」、要するに「外線(がいせん)二番(にばん)」だった。考えてみれば、四音-四音なのは明らかだったのだが、思いこみもここまでくると全てを誤らせる。

 ということでもう少し中文を勉強し直そうと思う。まだまだ遅くはないだろう。さもなければもっとひどい間違いを犯すに違いない。

20080223

雨...

 土曜日はせっかくの休み(日曜日は授業)なのに、本格的な雨。ということで外出する気力を失ってしまった。いよいよ今日から総統選挙戦が本格的に開始ということで、街の盛り上がりを期待したが、今のところ何も聞こえない。

 今年の総統選挙については、学生(18歳から78歳までいるのだ)の声を元に少し書きたい気持ちがある。

 考えてみたら、2000年の選挙の時は大学時代の教授と一緒に台北にいたのだ。あれから8年何が変わったのか、変わらなかったのか考えるちょうどいい機会。

※ちなみに写真は記事と全く関係がない。

20080221

洗脳...

 今日の授業は授業科目名とは裏腹に私が自由に内容を選べるのだ。楽かと言えば全然そんなことはなく資料の収集やコピー代など結構時間も金もかかるのだ。

 で、授業の始めの雑談で、「ちくり屋(密告屋)」~総統候補の馬英九が留学時代に国民党の密告者として活動していたという話~から「洗脳」という言葉について「台湾では、学校で洗脳され、マス・メディアで洗脳され....」という話が出た。「これだけ情報が自由に行き交う台湾で洗脳は可能だろうか?」という質問をして更に答えのでない議論になってしまった。

 彼ら(学生と言っても年齢はかなり上)が言うのは、台湾人は勉強するのは得意だし積極的だが知識の吸収だけで、理論的に検証しようとしない、と言うことだった。生徒によってはこうした話題は大嫌い(政治問題には一切触れない)なので、打ち切ってしまったが一ヶ月後に控える総統選挙を前にこの話題は避けられないのかもしれない。

 個人的には聞きたいが、授業中にはやはり避けたい。

20080219

一人一人の台湾...

 天候(連日の降雨、低温)と旧暦の正月もあり、最近生徒が極端に少ない日も少なくない。時には一対一で2、3時間話すこともままある。こんな時は白板を使って日本語と中国語の両方で筆談したりして、授業からは完全に脱線するのだが。

 台湾の政治の対立は彼/彼女たちの口を重くし、多くの人は公の場で自分の政治に対する意見を絶対に口にしない。しかし、私が外国人と言うこともあるのだろう、一対一の場では驚くほど正直に自分の意見を語り始める。時にはこちらで抑制してあげないと興奮してしまう人もいる。

 民進党が政権奪取して8年経つが、国民党への歴史的なつらみを語り続ける人、「台湾人意識」と題目みたいに唱えても飯が喰えん、と率直に民進党へ失望を表明する人等々...。

 あと一ヶ月もすれば総統選挙が始まる。

そろそろ...

 昨年の大赤字のため淡水の景観設計事務所の給料が半分以下にカットされ、ニューヨーク行ったり、旧暦の正月休みのダメージが殊の外響く今日この頃。しばらくは超緊縮財政で乗り切るのみ。

 日本語学校も授業は楽しいのだが、毎日の帰宅が11時過ぎ(朝は淡水の事務所へ行くのに8時過ぎには家を出なければならない)、休みを取ろうと思えば2ヶ月前までに申請しなければならない、と生活がギスギスしている。特にこの一ヶ月の異常な天気(降雨と寒さ)で、すっかり気持ちが参ってしまった感じ。

 ということで、6月の契約満期を前に現地の仕事を探そうと思う。建築設計あるいはゼネコンの現地スタッフ、あるいは...。いずれにしても工作証を取得する必要あり。いいところがあればいいのだが...。

20080216

兆し...

 今日は一日淡水で仕事。その後若いスタッフたちと淡水にある食べ放題の焼き肉へ。彼/彼女らに触発されて大いに食べた。日本だと焼き肉と酒はセットなのだが、こちらではそんな気配は全くなくひたすら食べる、食べる。

 お腹一杯になり9時前にはお開きに。その後、近く
においしいドイツ「風」のパン屋があったことを思い出して一人で向かう。確かこの辺だな、と思いながら歩いたが通りの突き当たりまで見つからず諦める。元来た道を引き返しながら、あの店は淡水(観光地)には向いてないからな、天母(外国人居住地)だったらそこそこいけただろうになぁ...などとつぶれたものと考えながら歩いていたら、あった。ははは、ただ通り過ぎてしまったのだ。

 お決まりのプリッツェルと明日以降の朝食用のパンを購入。その後、手作りの石けんが投げ売りされていたので、2つ購入。駅に戻りながら、寒さがあまり堪えないことに気付く。恐らく気温が夜になっても下がっていないのだろう。そして、お腹が一杯だからか。
 家に帰って天気予報を見たら春の兆しが。

 もうすぐだ。だけど晴れ間はいつだ!?

20080214

長雨...

 人によればもう一ヶ月、短い人では三週間雨が降り続いているそうだ。気温も低く、寒くて毎日憂鬱になってきた。聞くところによると、台湾でも鬱病の患者が急増しているそうだ。納得できる。

 とにかく
身体がずっと寒さに緊張している感じ。台湾には暖房が効いている場所は無い(冷房をかけている所は、ある)し。

 私の腕時計は太陽電池のものだが、これが先日バッテリー切れで止まってしまった。

 蛍光灯の下での生活は十分なエネルギーを得られないかのように。気付いてみたら、身の回りに白熱灯を使ったものが無くなっていた。みんな「省エネ」なコンパクト蛍光灯に変わってしまっていたのだ。ベッドサイドの照明がE17の電球を使っていることを発見して、時計をその下に。一晩そのままにしたら、翌朝には復活。

 白熱灯の暖かさが恋しいこの頃。「省エネ」なんぞくそ食らえ。

20080212

休み明け...

 六連休が終わり、と言っても連日の雨で積極的に外出する気にもならずダラダラした連休だったが、淡水の事務所へ。タイムカードを押そうと思ったら、電源が入っていない。昨日あたりに出社したスタッフがショートさせてしまい、電源数系統が死んでしまったのだという。と言うわけでコンピュータも使えず帰るかと思ったのだが、台湾企業にとっては大事な儀式が待っていたのだ。
 大きな会議テーブルが埋まるほどの紙銭、お菓子、飲み物、果物そして食べ物を飾り、祈る。事務所は31階なのでしたまで下りて、
紙銭を焼きそして爆竹。爆竹は日本のものと違って連発用に繋がっており威力も比ではない。見ていると結構広い範囲で爆発しているわけだが、大丈夫なのだろうか。一応「内政部」公認の製品だったようだが。

 食べ物は普通に食事に供されるものなので?だったが、戻ってきて理解した。これを皆で食べるのだ。この日は酒も供され、ウィスキーを飲まされたが、2時間以上ののんびりとした食事会となった。

 食事が終わったのはもう3時近くで、コンピュータが動かない以上何もすることがない。なので4時過ぎに台北駅へ移動し、待合いスペースで授業の予習。いつもの5時40分の自強號で中壢へ。

 休み前も生徒3人だったのが、今日も3人でスタート。同じ授業を教えている(2クラスある)日本人が休暇中と言うことで、 そちらの生徒も合流して最終的には15人ほど。休みぼけな感じでドタバタだったが、生徒も初日から飛ばす気もなく何となくゆったりとした一日。明日からが怖いが。

20080210

花火が...

 自宅の机の正面にある窓から0時頃から始まった花火が鑑賞できる。ただ、何の意味があるのかわからないし、こんな時間に誰か観ているんだろうか!?

 今日は初四。学校が始まったら生徒に聞いてみようと思う。耳を澄ますと他の場所でもやっているようだ。

 0時半現在、もう聞こえない...。

20080207

去宜蘭...

 連休の初日は洗濯で始まり、夜出すゴミをまとめたところでもう午後になっていた。昼食の後、と言ってももう2時過ぎだったが、携帯電話の支払いやら、振り込み忘れた家賃の支払いやら、買い物のために景美駅周辺へ。暇なので映画でも、と思ったが今日は休み。こちらでは大晦日の夜の家族の食事がとにかく大事なので、今日休みの店はとても多い。

 道を歩いていると、宜蘭の友人から電話あり。普段は山の中の先住民の集落に住んでいる彼らだが、元旦のイベントに行くために市内に出てくる。そしてあさって台北に行く(初二と呼ばれ、妻の実家に行く日)ので、暇があるなら宜蘭に来ないかと言うお誘い。連休中何一つ予定が無かったので喜んで誘いに乗ることに。

 一週間分のゴミを出すために10時まで待機して、その後台北駅へ。当日だと席が無い恐れがあるのだ。本当はバスの方が安くて早いのだが、台北にいる人たちが東部に殺到することが予想され、大渋滞必至なので電車と考えたのだ。しかし、10時半に着いたときには予約窓口は閉められていた。当日券窓口で窓口で聞いたところ10時以降は翌日のチケットは売らないのだそうだ。

 がっかりして家に戻ろうと思った~今日は前述の理由でどこも閉まっている~のだが、11時を過ぎると新年になりたくさんの人が初詣に来る、と言う記事を思い出し龍山寺へ。思った通りたくさんの人であふれていた、おまけに隣接する夜市も賑わっているではないか。

 別に信心など無いのだが、皆にあわせて一回りして夜市へ。台南小吃店で腹ごしらえして帰宅。

 新年快樂新年快樂!

20080206

吃睡玩的假期...

 明日から春節の6連休となる。昨日は昼間の授業が5人、夜は固定メンバーなので7人、そして今日の夜は4人。皆日本語の勉強どころではないのだ。

 夜9時に授業が終わり、私もしばしの休憩。淡水の仕事も少し残したが、明日一時間の作業で何とかなりそうで一安心。心おきなく休めそうだ。とは言え、何も予定がないのだ。淡水の事務所は去年大赤字となってしまい、一月分から給料半分にカットとなり、私の収入も3割ダウン。さらにはニューヨーク行きもあり、2月は給料だけでは足りない。と言うわけで気軽に旅行へ行くわけにもいかず。

 ちょっと気が滅入りがちだったのだが、台湾の友人のMSNのパーソナルメッセージにこうあった。

"過年!吃睡玩的假期!幸福!"
 そうなのだ。ゆったりと過ごそうと思う。

 

20080126

獅子面...

 ニューヨークから戻って以来、時差ぼけと疲れと環境の変化がともなって更新の情熱がすっかり薄れてしまいました。ようやくのんびりとした土曜日を過ごし、一息。

 今日は、邱永漢(きゅう・えいかん)氏の自述伝『わが青春の台湾 わが青春の香港』を読んでいました。ひとつ興味深い記述が...

...すると、巡視官はいきなり拳銃をぬいて男に向かって発砲した。男は前かがみに倒れかかり、ベランダの手すりにうつ伏せてしまった。ピストルの弾丸が心臓を貫いてしまったのである。
撃たれて死んだのは、大稲埕の老鰻(ロオモア・やくざ)の身内であったから、他の仲間が黙って引っ込むわけがない。翌二月二十八日になると、お祭りの時に出陣する獅子面を担ぎ出し、顔役たちが「店をしめろ、門をとざせ」とふれてまわった。商家は真っ昼間からシャッターをおろし、獅子面を先頭にした行列が街をねり歩き、そのデモ隊が専売局の門前に着く頃には、三千人からの大部隊にふくれあがっていた。
...
 これは二二八事件に関する記述ですが、この『獅子面』について興味はあったのだけれどずっとそのままだった。今年はこいつについて調べてみようと思います。

20080117

煉瓦は...

 途中成田での6時間の乗り継ぎ時間を経て、29時間かけて戻ってきた。

 あまり浮き浮きする街ではなかったけれど、台湾に戻ったらきちんと煉瓦を積もうと、きちんと目地を埋めよう、そう思った。一つずつやらない限り街の風景など変わるわけがないのだ。

20080106

骨休め...

 火曜日(1/8)から8日間の予定でニューヨークへ。もしから死ぬまで行かないと思っていたのだが、縁あって。

 最近はいい加減台湾のディテールのない街にうんざりしていた~中華民族的な「美」を理解できないのかも知れん~のでいい機会だ。存分に西洋の「美」を堪能したいと思う。

20080101

新年快樂新年快樂!

 新暦の大晦日。こちらでは特に人々の気分がはやる感じもなく、夜9時半に授業が終わってバスで台北市内へ。中壢にはたくさんのタイ人が出稼ぎに来ているが、彼らは楽しそうに大晦日~休日の前夜~を楽しんでいるようだ。バスは順調に中和で高速道路を降り、永和から福和橋を通って公館に着くはずだったが、ここで大ラッシュ。

 わずか500mの橋を渡るのに30分mかかってしまったのだ。その理由は路肩側を走るバイクの群れ。彼らは信義区(101などがあるエリア)で行われる台北市政府主催のカウントダウン・イベントに向かっているのだ。橋が終わったところで車用の車線にもなだれ込んでくるので、車線がすべてふさがりにっちもさっちもいかなくなっていた。

 本当は直接家に戻ってもつまらないので、会場付近へ行ってみようとも思っていたのだが、この状態を見てあきらめた。辿り着けるわけがない。

 公館からバスに乗り、屋上にある我が家へ戻ってきた時に、四方から花火が揚ってきた。

 2008年。新年快樂
新年快樂!